東京地方裁判所 昭和37年(レ)580号 判決 1963年6月18日
控訴人 藤田朝江
補助参加人 波田野泰司
右両名訴訟代理人弁護士 斎木三平
被控訴人 吉田博
右訴訟代理人弁護士 盛川康
主文
一、本件控訴をいずれも棄却する。
二、原判決のうち訴訟費用の部分を次のとおり変更する。
訴訟費用は第一、二審を通じて、控訴人と被控訴人との間に生じた部分は控訴人、参加により生じた費用は補助参加人の各負担とする。
事実
≪省略≫
理由
(主位的請求の原因及び抗弁)
控訴人は補助参加人から本件土地を買い受ける契約を締結したこと、被控訴人が同土地上に本件建物を所有していること、また被控訴人の前主訴外村田史子は昭和一四年七月一日控訴人の前々主訴外波田野作造から本件土地を普通建物所有の目的で二〇年の期間賃借し、同地上にいわゆる旧建物(原判決二丁裏第五行表示)を所有していたが被控訴人は昭和二二年八月一五日村田史子から旧建物と共に右借地権を譲り受け当地の地主であつた補助参加人の承諾を得、建物について同日所有権移転登記を了えており右賃貸借契約は昭和三四年七月一日から法定更新されたところ、控訴人は昭和三六年五月一二日補助参加人から前述のとおり本件土地を買い受ける契約を結んだものであり、なお村田史子と波田野作造との間の賃貸借契約には「増改築又は大修繕をなすときは賃貸人との許諾を要し、これに反したときは催告を要せず賃貸借契約を解除できる」旨のいわゆる増改築禁止の特約があつたことはいずれも当事者間に争いがない。
(被控訴人の借地権の効力)
一、旧建物の朽廃に因る借地権消滅の点
控訴人等は旧建物は取毀の当時すでに朽廃の状態にあつたと主張するけれども補助参加人の原審における証言によつても未だその主張事実を認めることはできず他に控訴人の主張を容れるに足る的確な証拠はない。かえつて原審における証人後藤礼司、同吉田たかの各証言、同被控訴人尋問の結果を総合すると旧建物の土台、根太に相当の腐蝕がみられたてつけが傾いてはいたけれども建物としてなお一〇年ほどは使用できる状態にあつたものと認めるのが相当であり、被控訴人の改築も旧建物が老朽もしくは腐蝕が甚しく朽廃寸前に達していたことを推認せるものではなく、むしろ改築の主たる理由は居住の便宜上建物を拡張し間取を改善するところにあり、ただその機会に全面的に改築しようと考えたからにほかならないものと認められるから控訴人の前記主張は採用しない。
二、無断改築禁止の特約違反の点
補助参加人は昭和三六年五月一三日到達の書面で、また控訴人自身は同月二三到達の書面で、それぞれ被控訴人に対し無断で旧建物を取り毀し本件建物を建築したことを理由に本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、控訴人は無断改築は特約違反であるから解除権を発生させると主張するけれども当裁判所は本件の場合斯る見解を採用しない。
すなわち控訴人主張の増改築禁止の特約の存在自体は当事者間に争いがないところであるが、土地の賃借人は賃貸人の同意の有無にかかわらず借地上の建物を改築でき賃貸人は改築を阻止することはできず単に異議を述べ期間の延長を阻止できるにとどまることは借地法第七条の規定に照らし明らかであり、僅に旧建物の跡に築造された新建物が契約もしくは目的物の性質により定まる用法に違背するものであるときに契約を解除し得ることがあり得るけれどもそれは用法違背の故であつて(民法第六一六条、第五九四条一項)無断改築が禁ぜられているからではない。それゆえ無断増改築を禁止するという条項により借地法第七条で保障されている借地人の地位を予め奪うような特約は借地法第一一条の趣旨に照らし無効なものと解するのが相当であり、本件のような特約はたかだか増改築が用法違背となる場合に賃貸人は原状回復の催告を要しないで解除権を行使できるという意味での拘束力しか持ち得ないものと解すべく、控訴人等の立証その他本件全証拠によつても被控訴人に用法違背があつたことは認められないから前記特約違反を理由とする解除の主張はその余の点につき判断するまでもなく失当である。
三、借地権の対抗力の点
被控訴人は控訴人が本件土地を買い受けその旨の登記を了えた昭和三六年五月一二日の前日または前々日に同土地上に所有していた旧建物を改築のため取り毀したことは当事者間に争いがないからこれにより建物保護法に定める借地権の対抗要件を欠くに至つたことは明らかであり他に借地権の登記等の対抗要件を具備していたとも認められないけれども当裁判所は以下に述べる理由で控訴人は本件土地につき被控訴人の有する借地権を受忍しなければならないものと認める。すなわち、
(一) ≪証拠省略≫を総合すると被控訴人は昭和三六年三月一三日頃当時の賃貸人であつた補助参加人に対し旧建物を取り毀し本件建物を建築することにつき同意を求めていたところ(この事実は争いがない)補助参加人は坪当り金六万五千円で本件土地を買い取るかさもなくば坪当り金四万円の権利金を支払うよう要求し、無効であるべき筈の増改築禁止約款を楯に巨利を得ようとし正当な理由がなく同意を拒んでいたが、同年五月一〇日頃たまりかねた被控訴人が旧建物を取り毀した途端、再築を禁止する旨通告し、程なく本件土地の周囲に有刺鉄線を張り巡らし立入禁止の立札を立て、さらに同月一二日及び一四日と警察官の出動を求める等して種々の方法で被控訴人の建築を故意に妨害しておきながらその間に(遅くも一二日までに)控訴人を同道し本件土地上に建物がないことを示したうえ、前示のとおり売買契約を締結したものであるが、その相手方である控訴人は補助参加人との間に認知を受けた子供まである仲であり、世間にいわゆる妾と目されていたもので(この点は控訴人、補助参加人とも認めるところである)、しかも本件土地は控訴人の住居と同一町内であることは、勿論、地番からみてもさほど隔つておらず、これらの点からみれば本件土地が普通の更地ではなく控訴人が改築のため旧建物を取り毀した直後の状態であつて直ちに建物の建築に着手する手筈を整えていたところ補助参加人からこれを妨害されていることは控訴人も察知していたものと推認される。原審における補助参加人の供述のうちこれに反する部分は措信せず他に以上の認定を左右する証拠はない。
(二) また補助参加人と控訴人との間の売買といつても、なるほど弁論の全趣旨により甲第一三号証(売買契約書)は真正に成立したものは認められるけれども(同証拠の提出がとくに訴訟の完結を遅延させるとは認められないから被控訴人の異議は採用しない)原審において右売買は仮装のものであると攻撃されながらこれを提出せず当審に至つて漸く提出したこと及び前に認定したところを総合考慮すれば、右契約書が当事者間に争いない前示契約締結の日に作成されたものかどうかは疑わしく、仮に作成日時が真実であつたとしても前示認定のとおり旧建物の改築をめぐる一連の紛争は補助参加人が特約を楯に巨利を博そうと企てたところから生じたもので成立に争いない丙第五号証の一にも窺われるように売買契約の締結後も補助参加人が主導的地位に立つていること、また補助参加人と控訴人との間で、控訴人がとくに本件土地(五月一〇日頃まで被控訴人が旧建物を所有し居住していた)を買い受ける必要があつたとは窺われず買受の話が進められていた形跡もなく、前示認定事実を考慮にいれれば、被控訴人が旧建物を取り毀したのでにわかに補助参加人が自己と特別な間柄である控訴人に要請し売買契約を締結したものと推認され、原審における補助参加人の証言をもつてしても右の心証は揺がない。のみならず補助参加人が本件土地を市価よりも安く売り渡したものであることは控訴人、補助参加人のいずれも自認するところである。
(三) 以上(一)、(二)の各事実及びその認定に供した資料を合わせ考えると、補助参加人は、旧建物が取り毀され建物保護法上の対抗要件を一時的に欠いた時をとらえ妾であつた控訴人と図り被控訴人の借地権を烏有に帰せしめたうえで控訴人を通じて然るべき措置に出でんとする意図で控訴人との間で売買契約を締結し控訴人もこの意図を体し、これに加担したものであることは看取するに難くない。(これを覆すだけの証拠はない。)そうすると右売買契約に従い真実所有権を移転する合意が成立し控訴人が本件土地の所有者になつたとしても(仮りに当初は仮装の売買であつたとしても補助参加人及び控訴人は本訴においてそれぞれ補助参加人の妾であつた控訴人に生活の資料を得させるため格安に売り渡したと主張し、所有権譲渡の真意があることを表白しているから少くともこれにより控訴人が本件土地の所有権を取得したことは明らかである)その所有権に基く建物収去土地明渡の請求は本件のような特別な事情がある場合にはまさに権利の濫用に該るものと解するのが相当であり、さすれば被控訴人の借地権の対抗要件が一時的に欠けたことを挙げつらうことは許されないものといわなければならない。
なお、新たに土地の所有者となつた控訴人の本訴請求が右のような理由で権利の濫用として排斥されるときは対抗要件の存否如何を問わず被控訴人と補助参加人との間の本件土地の賃貸借契約上の賃貸人の地位を継承したと同一に帰し、結局被控訴人の右借地権を容認せざるを得ないものと解するのが相当である。
四、背信行為に因る解除の点
控訴人等は被控訴人が前項に認定した立入禁止の措置を無視し本件建物を建築したことをもつて賃貸借関係上の信頼関係を破壊する所為であると主張するけれども前項に認定した事情に照らせば被控訴人の所為はまことに已むを得ないものでありたとえ控訴人主張の事実が全部認められたとしても何等背信行為となるものではないと解されるから、その余の点につき判断するまでもなくその主張は失当である。
(予備的請求の原因)
控訴人等は旧建物は遅くとも昭和四七年一二月末日までには朽廃すべかりしものであると主張し、これを前提に予備的請求に及んでいるけれども、先に認定したとおり旧建物がその取り毀された当時なお一〇年ほどは建物として使用できる状態にあつたことを認め得るにとどまりその認定の基礎となつた資料は取毀の当時朽廃状態になかつたことは確証するけれども控訴人主張の時期に確実に朽廃の状態に達することを認めさせるほど充分なものではなく他に朽廃時期が控訴人主張のとおりであることを認めるに足る的確な証拠はない。(のみならず建物はその後の保存行為((補修、一部改築等))により朽廃時期が相当左右されるものであることは公知の事実であるから、斯る要素を無視して一〇年も先の朽廃時期を確認することはできないところ、控訴人等はこの点につき何等主張立証しない。)それゆえ控訴人等の予備的請求はその余の点につき検討するまでもなく理由がない。
(結論)
以上判断したとおりであるから控訴人等の本訴各請求はいずれも理由がなく、これを排斥した原判決は正当である。
よつて本件控訴をいずれも棄却することとしなお原判決には補助参加に因り生じた訴訟費用の裁判がないので民事訴訟法第一九五条三項の趣旨に則り当審において総費用につき裁判することとし同法第八九条、第九四条後段を通用し主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 滝田薫 山本和敏)